谷川健一さんの著書「日本の神々」で印象に残った所を抜き出してみた。

印象に残った本

谷川 健一(たにがわ けんいち、1921年7月28日2013年8月24日[1]、満92歳没)は、日本の民俗学者、地名学者、作家歌人日本地名研究所所長。

在野の学者として日本文学民俗学の研究をおこない多くの研究書を著した。日本文学の源流を沖縄鹿児島などの謡にもとめた「南島文学発生論」などの業績をあげ、文化功労者に選出されるなど高く評価された。
https://ja.wikipedia.org/wiki/谷川健一

印象に残った所

P9
八重山では台風の兆をカザネと呼んでいる。後光のようなものが空の上に横にたなびき、光のまんなかに、天割れという横一文字のひび割れが見える。それを見ると、海上で漁をしていた船は慌てて港に引き返す。
カザネはすでに琉球の古謡集「おもろさうし」にも「風の根 スサの根」とうたわれている。
暴風の吹き出す穴があって、そこが風の根と考えられていた。風の根はスサの根とも呼ばれた。
そこからして、スサは吹き荒ぶのスサであり、スサノオの名の起こりのスサであることが理解できる。

P84~85
霧島山麓の牧園長や横川町にはカヤカベと称するかくれ真宗が残っている。
~カヤカベはこの土地で呼びならわしている宗教の呼称である。萱壁(かやかべ)の中に本尊をかくしたからだとか、何も安置せず、萱壁を礼拝していたからだとか、また山中に萱壁をめぐらして行事をおこなったためだとかいろいろな説があって、決め手がない。しかしカヤカベの言葉に表現されるイメージは、萱を壁とするという言葉そのまま、霧島山麓のまずしい山村の状態をあらわすのに適切である。宗教以外によろこびのない人たちの、まずしさこそがこの宗教を守ってきたともいえる。
カヤカベは「おつたえ」という伝承を保持している。もともと口頭で伝えたものであるが、十九世紀初頭の文化年間あたりからの文書記録が残っている。それによると、天地開闢のとき、世界は一面泥海であった。霧島の神は人間の住むことのできる土地を求めた。下界は混沌としてて霧か島か分からなかった。そこで神は鶏をとばして、もし島ならば刻(とき)を告げよと命じた。
鶏は刻を告げた。そして降りたところが高千穂の峰であった。それで霧島という名がついたという。
鶏は神の僕であり、人間の住むことのできる土地を探してくれた恩のある鶏であるが故に、カヤカベの人たちは鶏を絶対に食べないという厳重なタブーを保っている。ここで神が鶏をとばして島を探すというのは、箱舟に乗ったノアが鶏をとばして陸地を探すのと同じ趣向であるが、それを模倣したものとも思われず、独自の発想であろう。

P216
人間は人間だけではやってはゆけない。人間には神が要る。その神とは教義も教典も教会も教祖も不要な神であるが、その神の具現である自然が要る。神と自然への畏敬を失ったことが、現代日本の精神の荒廃を招いた。

感想

難しいです。活字を読むのは苦手にしてますが、それとは別な難しさです。
本著で触れてることの事前知識がないと理解するのは難しい作品だな、というのが一番強い印象を受けました。
この本を読むには日本の言い伝えや風習などをやさしく紹介した本があれば、それらから知識を増やして読むべき本かと思います。私には早かった・・・・。

2月から月に4冊は本を読むのを目標にしてましたが、始めた月から達成できませんでした・・・。
のんびり読んでいきますが、不動産投資に興味があるのでその本関係を中心に勉強していこうかと思います。

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