日本の難読地名と由来~埼玉編~(後編)

日本の難読地名と由来シリーズ

今日は日本の難読地名と由来~埼玉編~の続きである後編を紹介します!

埼玉編(前編)

http://kasibaka.miyagi.jp/2020/03/07/日本の難読地名と由来%ef%bd%9e埼玉編%ef%bd%9e%ef%bc%88前編%ef%bc%89/

埼玉県の難読地名と由来

高麗(こま)

住所

埼玉県日高市高麗本郷

【由来】716年に朝廷が駿河など7ヶ国に居住していた旧高句麗からの渡来系移民1799人を武蔵国の一部に移し、高麗郡を設置したとされます。

また、『倭名類聚抄』(931年 – 938年)には高麗郷(現在の日高市高麗本郷付近)・上総郷(現在の飯能市北東部)の二郷の名が記されており、郷名から高麗郷には旧高句麗の遺民(国が滅びて残った民)が、上総郷には上総国からの移民が配置されたものと考えられている。

高麗郡 – Wikipedia

三芳(みよし)

住所

埼玉県入間郡三芳町

【由来】伊勢物語の「三芳野の里」からとられており、洪積台地の原野を「三芳野」という美称で呼んだものだという。

三芳町 – Wikipedia

毛呂(もろ)

住所

埼玉県入間郡毛呂山町

【由来】※諸説あり。

1.『埼玉県地名誌』(韮塚一三郎著)に「モロはムラの転であるから村落の意味。〝諸 もろ〟という字と同じ語源である」との説。

2.出雲伊波比神社(いずもいわいじんじゃ)に伝わる『臥龍山宮伝記』(がりゅうざんきゅうでんき)の中に「毛呂は、諸・師などの字の意味がある。

臥龍山は毛呂郷から少し離れたところにあり、諸々の氏子を見守っている。

このことから、諸々の氏子の諸から地名になった」という説。

3.、渡来人が使った高句麗語「MODO(多くの・もろもろの)」という言葉が「毛呂」に転訛した説。

4.新説としては『万葉集にある「三毛侶之(みもろの)』という表記が「毛呂」に関係している説。

この「三毛侶」とは「神が降臨して宿る神聖な場所」という意味。

毛呂山町Adobe PDF) – htmlで見る 参照

越生(おごせ)

住所

埼玉県入間郡越生町

【由来】※諸説あり。

1.鎌倉時代越生郷に由来し、峰の腰の意味。

2.「驕る瀬」。「水流が翻弄し、溢れる地」の説。

3.平野と山地の接点にあたる越生からは、秩父に向かうにも、上州に向かうにも尾根や峠を越えなければならない。

それに由来した『尾根越し(おねごし)』の『尾越し(おごし)』という言葉が転訛した説。

※これが有力視されており、越生町ではこれのみを紹介している。

「越生」の地名の由来

越生町とは?/越生町ホームページ

如意(ねおい)

住所

埼玉県入間郡越生町如意

【由来】行基作と伝える如意輪観音を安置する新義真言宗如意寺によると伝え、本来の読みは「にょい」という。

「如意」の地名の由来

蚊斗谷(かばかりや)

住所

埼玉県比企郡吉見町蚊斗谷

【由来】新編武蔵風土記稿によれば、元々、蒲(ガマ)が多い原野だったが、それを刈り取って開墾したので蒲刈谷(読みはガマカリヤ?)と呼ぶようになり、後に表記を蚊斗谷と改めたのだという。

吉見領囲堤

風布(ふうぷ)

住所

埼玉県大里郡寄居町風布

【由来】※諸説あり。

1.山に囲まれた地形のため、暖かい空気が空中に漂い、風が布を引いた様になる現象が見られることから付いたものと言われている。

2.フウプ(あるいはフップ)はアイヌ語とも言われているが、それ以上のことは不明。

風布の里Profile

風布 ( 散歩 ) – 五里霧中 – Yahoo!ブログ

百間(もんま)

 住所

埼玉県南埼玉郡宮代町百間

【由来】※諸説あり。

1.田宮時高の田宮太田考に
 「百間の称号は行基に始まると云う。行基の舟より上り玉へし所に地蔵尊を安置し、舟山地蔵 と云う。亦、行基が靴を掛け玉へしとて靴掛地蔵とも云えり。行基是より上陸し玉へ出土ヶ原 にて神外の地を計らしめ其間、百間ありたりとて百間の里と云ひ、初めしとぞ。」

現代語訳には自信がないが、「行基が船で当地に上陸した所に地蔵尊を安置し、名は船山地蔵と言う。また、行基が靴を掛けたため、靴掛地蔵とも言う。

行基が上陸した所から神外の地まで計ると、百間あったため百間の里と言う。」と言う感じだと思う。

2.アイヌ語由来とされるが諸説ある。

(1)語源のアイヌ語は不明だが、意味は「池沼水沢の低地」の説。

(2)アイヌ語の「モ」(静かな)、「マ」(湖沼)の説。

郷土史料「百間史料」 | 埼玉県宮代町公式ホームページ

ADEAC(アデアック):デジタルアーカイブシステム

埼玉県の地名集

宮代町百間(もんま)の地名のいわれを知りたい。アイヌ語だと聞いたことがある。 | レファレンス協同データベース 

 番外編

プラザ(ぷらざ)

住所

埼玉県さいたま市西区プラザ

【由来】『井戸尻』と呼ばれた低湿地を埋め立てて、昭和47年に民間デベロッパーが『プラザ』と命名して売り出したことに由来し、昭和59年から現行表示となっています。

さいたま市内の、「プラザ」という地名について、なぜこのような地名なのか知りたい。 | レファレンス協同データベース

田面沢(たのもざわ)

住所

埼玉県入間郡にあった村

【由来】伊勢物語の「みよし野のたのむの雁もひたぶるに君が方にぞよると鳴くなる」の歌から来ている。

初冬の田面沢(たのもさわ)を逍遥 | シニア・ナビブログ「koyampiの旅行、学びエトセトラ」の記事

田面沢村 – Wikipedia

鉦打町(かねうちまち)

住所

埼玉県川越市連雀町明治40年までは「鉦打町」と言っていた。

【由来】「本阿弥陀仏」という坊さんがこのあたりに住み、朝晩に鉦(しょう)を叩いたからだという。

★本阿弥稲荷(連雀町) ( 埼玉県 ) – ★川越スケッチブック-埼玉都民の川越暮らし – Yahoo!ブログ

本阿弥稲荷神社 | 川越の観光・お出かけ情報 カワゴエール

十二月田(しわすだ)

住所

※住所地名としては消滅。交差点・学校名などに残る。

例:十二月田交差点

地図・アクセス情報 : 十二月田交差点 [埼玉県川口市末広] – Yahoo!ロコ

【由来】 『新編武蔵風土記稿』の「十二月田(しわすだ)村 十二月田村は昔十二月晦日狐来りて、杉葉を以て田を植るさまをなせしより、此村名起れりと云奇怪の説なり」から来ている。

上記を参考サイト様で現代語訳すると、「昔この村には12月の大晦日の日に狐がやってきて、杉の葉で田植えをする真似をしたということから、十二月田という村名が起こったという話である」

コレ読める?「十二月田」。埼玉県川口の珍地名、その奥深い由来 | 谷川彰英の「地名の由来を歩く」

「十二月田」の地名の由来

 征矢町(そやちょう)

住所

埼玉県飯能市征矢町

【由来】※下記の由来は可能性として読んでほしいです。

私的に他の難読地名の由来より信憑性が弱いからです。

1.※前ケ貫の地名の起こりに征矢神社の起こり?も出てくる。

将門が岩淵の八幡神社のあたりから三本の征矢(そや)を放ち、戦勝を祈願したといわれ、そのうちの一本が前の山をぬけて前ヶ貫の地に落ち、それを征矢神社として祀り、前ヶ貫の地名の起こりとなったという。

In the Eyes of Ghosts

2.※征矢神社の由来、1とは違う。

征矢神社の創建年代等は不詳ながら、日本武尊が東夷征伐のために下向した際、当地に千束の征矢を備えて戦勝祈願を行ったことに由来、その後天慶の乱に際して、将門追討のために下向した六孫王基経が、その旧跡を拝し、日本武尊誉田別尊とを合わせ祀ったと伝えられるといいます。

征矢神社。飯能市征矢町の神社

生出塚(おいねづか)

住所

埼玉県鴻巣市上生出塚

【由来】※生出塚神社の由来(一部)

生出塚(おいねづか)という地名の由来は定かではないが、日本書紀安閑天皇元年(534年)に記述のある武蔵国造の乱において当地の豪族笠原直使主(かさはらのあたいおみ)と争った同族の、笠原小杵(かさはらのおきね)と関わりのあることが推測される。

この小杵を葬った古墳がこのあたりにあり、小杵塚(おきねづか)と称していたのが、いつの頃よりか「おいねづか」となり、現在の「生出塚」という字をあてるようになったのではないか。

鴻巣生出塚神社|古社への誘い 神社散策記

箭弓稲荷神社(やきゅういなりじんじゃ)

住所

埼玉県東松山市箭弓町2-5-14

【由来】

元は野久稲荷神社であったが、社記によると、平安時代の中頃、下総の国(千葉県と茨城県の一部)の城主平忠常が謀反を起こし、近隣諸国を制圧し、大群をもって武蔵の国(埼玉県と東京都・神奈川県の一部)川越まで押し寄せてきました。
朝廷は、武門の誉れ高き武将源頼信を忠常追討の任に当たらせ、当地野久ヶ原に本陣を張り、頼信が野久稲荷神社に夜を徹して戦勝祈願をしたところ、明け行く空に箭(矢)の形をした白雲(※)がにわかに現れ、その箭は敵を射るかのように飛んで行きました。
頼信は、これぞ神のご加護と奮いたち、自ら先頭に立ち敵陣に攻め入ると、ふいを突かれた忠常軍はあわてふためき、一旦は後退したもののすぐに盛り返し、三日三晩にわたる激戦も、神を信じ戦う頼信軍が勝利しました。

帰陣した頼信は、ただちに野久稲荷に戦勝報告を済ませると、この勝利はご神威、ご神徳によるものだとして、ご社殿の建て替えを寄進するとともに、野久稲荷を箭弓稲荷と改めて呼ぶようにと里人に命じたのでした。

 ※白雲以外には白狐に乗った神が弓矢を授けた説もある。

御由緒|埼玉県東松山市 箭弓稲荷神社

箭弓稲荷神社 (東松山市) – Wikipedia

入西(にっさい)

住所

過去に埼玉県入間郡に存在した村

【由来】1200年前の奈良時代入間郡に住んだ高麗人たちが入間川高麗川に沿ってその郡域を広めたために、鎌倉時代には入間郡を2つにわけ、東を入東郡、西を入西郡と称したことから。

市指定無形民俗文化財「入西くどき」を学ぶ

入西村 – Wikipedia

おしゃもじ山公園

住所

埼玉県比企郡鳩山町大字赤沼

【由来】杓子母神(おしゃもじ様)が祭られているほこらがふもとにあることから。

おしゃもじ山公園/鳩山町ホームページ

おしゃもじ山公園(埼玉県比企郡鳩山町) | 埼玉なび

波久礼(はぐれ)

住所※波久礼の地名は見つからず、駅名のみ確認できる。

波久礼駅は、埼玉県大里郡寄居町大字末野にある秩父鉄道秩父本線(秩父線)の駅

【由来】※諸説あり。

1.新編武蔵風土記稿に「下破崩」、ながとろ風土記に「下端崩」の記述がある。

この名が付いたのは、この辺りにに急斜面の崖が多かったからという説で、最も有力とされる。

2.埼玉三大窯跡群の末野窯跡群が近くにあることにちなんで『埴塊(はにくれ)』が転訛した説。

3.養蚕(ようさん)が盛んであったため、絹織物を意味する「呉服(くれはとり)」(※ごふくの古語)から来た説。

4.波久礼駅の近く「葉暮」と言う名の橋があり、関係してる可能性。

地元の方は「昔、ここで道が途切れていて、よく人がはぐれたからと聞いたことがある」と言っている。

※ちなみに「はぐれ」に「波」をあてたのは脇を流れる荒川が、風で波立つ様を表しているとされる。

地名を歩く! ~波久礼(寄居町)~ – 寄居町を元気に!寄居町商工会ブログ-経営革新、創業支援、マル経、農商工連携、乙姫ちゃん、風布みかん-

 感想

「日本の難読地名と由来~埼玉編~(後編)」はいかがだったでしょう?

発見はありましたか?それとも物足りなかったでしょうか?

今回のでは番外編に難読ではない、プラザやおしゃもじ山公園が入ってますが、印象に残ったので入れてみました。

タイトルからはズレていますが、番外編と言うことで多めに見てください!

お願いします。(>_<)

コメント

タイトルとURLをコピーしました